縁切り神社・寺の効果やいかに!?様々なスポットの歴史と共に解説

私Ms.Cは38歳の女性です。40年近くも生きていると、神頼みしたことの1つや2つは持っています。このサイトにいらっしゃった皆々様も、そうではないでしょうか?

縁切り神社・寺は、「縁を切る=新しい縁と出会う」と考え、縁切り・縁結びのどちらにも効果があるということをご存知でしょうか?

縁切り神社・寺は全国津々浦々に存在し、それぞれに深い歴史があります。その歴史も非常に興味をそそられる内容です。

ご一緒に、縁切り神社・寺は効果があるのか?あるのならば何故そう言えるのか?

また、全国にはどんな歴史を持った興味深い縁切り神社・寺があるのかを見ていきましょう!

 


縁切り神社・寺の効果はいかに!?

縁切り神社・寺の効果は絶大にある!と私Ms.Cは考えます。

縁切り神社・寺の歴史を知れば知るほど、おどろおどろしい感じがまとわりついていきます。過去何百年の歴史の中で、数えきれない人の・縁切りを願う数えきれない執念が、その地に力を持たせたのだと納得させられます。

『引き寄せの法則』をご存知でしょうか?成功哲学とか自己啓発の思想の源流になったと言われている書籍で、2007年に大ヒットしました。

「強く思えば、自分がイメージした現実を引き寄せることができる」という内容です。「強く思う」というのは、ただやみくもに思い続ける事ではありません。

真の”自立”が必要で、自分自身の内面をコントロールすることで、自分がつかみたい現実までの道筋をはっきりと辿ることができるというような感じの概要になっています。

これを縁切り神社・寺に当てはめてみましょう。

縁切り神社・寺に足を運ぶ人を動かしているのは、非常に強い”縁切り”という執念です。ひしひしと「縁切りをしたい」と願う年月を送り、どうしたら真の縁切りを出来るのか?を真剣に考え抜いた人々です。

その人々が願う現実、「縁切り」が叶わないはずがありません。そのような人が数えきれない程訪れ、執念を残していった地に、縁切りのパワーが宿らないはずがありません。

私の3代前の親戚には”イタコ”がいました。その人が私の母に予言して現実になったことが幾つかありますし、私の実家では、科学では解明できないような不思議な出来事が幾つか起こっていました。

詳しくはこちらへ
>>イタコの体験談「お腹の子は・・・」後に現実となった話

そんな実家で生まれ育った私が、縁切り神社・寺の歴史と執念を知った今、「効果を信じない」ということはできません。

縁切りが成就するという事は、新しい縁が結ぶ始まりと考えられることから、縁切り神社・寺では縁結びの効果もあると言われています。実際に縁結びのお札が販売されており、祈願もできます。

そうは言っても縁切りの印象が強いことは否めません。縁切りスポットには、軽い気持ちで足を踏み入れてはいけないと感じました。



全国に点在する縁切り神社・寺の中でも、強力にご利益があるとされる上に興味深い歴史を持った神社やお寺を7箇所ご紹介していきます。

恐山菩提寺(青森県)

恐山と言えばイタコ。先述したように、私の先祖も恐山で修業したイタコでした。

死者の霊と交信できるという事で知られています。死者の霊だけではなく、生霊とも交信できるそうです。

この能力を駆使して、祈祷呪術を行う事もできます。略奪愛や不倫愛なども含めて様々な願望を成就させることができるそうです。恐山のイタコは、実は縁切りが得意分野という話もあります。

どう願うかはあなた次第。

詳しい情報はこちらのページがわかりやすかったです>>観光さん.com

安井金比羅宮(京都府)

主祭神は崇徳天皇です。崇徳天皇は、保元の乱に敗れて讃岐に流され、金比羅宮で一切の欲を断ち切って、参籠(おこもり)されたそうです。

これを由来とし、断ち物の祈願所としての歴史が深い神社です。

崇徳天皇は怨霊となり、後の天皇家に数々の災いをもたらしたという言い伝えもあります。

安井金比羅宮のシンボルは「縁切り縁結び碑」

願いの札を碑に結び、表から通ると縁切り・裏から通ると縁結びのご利益があるとされています。碑には、おびただしい数の願い札が結ばれています。

安井金比羅宮のオフィシャルサイト>>こちらです

於岩稲荷陽運寺(東京都)

東海道四谷怪談で有名な、お岩さんをお祀りしています。

お岩さんの屋敷が近くにあった為、陽運寺内の井戸をお岩さんも使ったとされています。

悪縁を取り除き、良縁を招くご利益があるとされています。

於岩稲荷陽運寺のオフィシャルサイト>>こちらです

菊野大明神(京都府)

法雲寺の境内にあります。

「婚礼の際には菊野大明神の側を通ってはいけない」と古くから言い伝えられている、有名な縁切り神社です。

有名なのは、境内内にある石。恋が成就しなかった男の無念が宿っていて、男女の仲を引き裂くと言われています。

“恋が成就しなかった男”とは、小野小町について創作された伝説「百夜物語」に登場する、深草少将のことです。

小野小町は、深草少将に想いを寄せられるも、彼を嫌っていました。

ある時小野小町は、
「私の元へ百夜通ったら、あなたの意のままになります。」
と彼に告げます。

言葉の通り、深草少将は毎夜小野の元へ通います。雪が降りしきる、凍てつく季節でした。しかし最後の夜に息絶え、想いは遂げられませんでした。

百夜通いをする深草少将が腰かけたとされるのが菊野大明神の石です。

百夜物語は伝説ですし、深草少将についても実在のモデルがいたかどうかすら明らかにはなっていません。

【所在地】京都市中京区河原町通二条上る清水町364−1
【TEL】075-241-2331
【拝観時間】9:00〜17:00 休日不明
【拝観料】無料

橋姫神社(京都府)

「丑の刻参り」の原型が行われた神社とされています。

橋姫神社のHPによると、”橋姫”とは橋の守り神のことです。古代より水辺、特に橋は心霊の宿るところとされてきました。

橋姫は、川の汚れを流すと言われています。そこから由来し、苦しみや悪縁も消し去るとされ、信仰されてきました。

【所在地】〒611-0021  京都府宇治市宇治蓮華46
【公開】9:00~17:00 随時

 

次に、歴史の深い縁切り寺をご紹介します。

縁切り寺について

江戸時代、女性からの離婚は困難でした。夫が酷い暴力をふるう等の、家庭生活不適合者であっても、容易に離婚できない時代です。

そんな時代に、女性の駆け込み寺として江戸幕府から認定されていた寺が全国に2か所だけあります。

鎌倉の東慶寺と、群馬の満徳寺です。

妻が縁切り寺に駆け込むと、夫は妻を取り返すことはできません。離婚以外の選択肢もありませんでした。

夫が離婚を断固拒否した場合は、妻は寺入りとなります。足掛け3年経つと寺法が適用され、離婚が成立しました。

東慶寺(神奈川県)

約600年の長きに渡り、寺法を守ってきた由緒あるお寺です。明治4年に縁切りの寺法が廃止され、東慶寺は衰退しました。

明治38年に高徳のある釈宗演禅師が入寺し、再興します。門下生には、仏教哲学者として高名な故・鈴木大拙氏など、数々の著名人がいます。

東慶寺のオフィシャルサイトは>>こちらです

満徳寺(群馬県)

火災などにより、寺が興った記録や初期の歴史についてははっきりしていません。

満徳寺が所在しているのは、徳川地区という場所です。将軍徳川家の大元、徳川氏発祥の地です。

満徳寺は、徳川氏の先祖が建立しました。後に、徳川家康の孫の千姫が入寺し、寺格を高めました。

徳川地区は江戸時代、徳川家発祥の地という事で税金の免除などの優遇を受けていました。満徳寺も徳川家の厚い庇護の下で存在し、檀家を持っていませんでした。

自立して存続できない満徳寺は、大政奉還後の明治5年に廃寺となりました。その後は地元の徳川地区民が縮小・移築し、集会所として本尊や位牌類を維持管理してきました。

現在も資料館などがあり、縁切り・縁結び祈願をお参りすることができます。

満徳寺のオフィシャルサイトは>>こちらです。

最後に

「神は人の敬(うやまい)によりて威を増し 人は神の徳によりて運を添う」
という言葉をご存知でしょうか?

縁切り神社で効果を得たいなら、先ずは神様を敬うことから始めなければいけません。

神社・寺それぞれの参拝のルールを確認し、観光気分ではなく「神様の徳を分けてもらって初めて自分の運が左右する」という謙虚な気持ちで参拝したいものですね。

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